バルカン戦争とロシア革命により汎スラヴ主義はまとまりを失って失敗に終わるのであるが、その成果として以下の二国の建国を挙げることができる。
1848年以降もチェコとスロバキアの統一思想は、チェコ主導で続けられた。第一次世界大戦が始まると、チェコ人やスロバキア人の一部は汎スラヴ主義に従い、チェコスロヴァキア軍団を結成して東部戦線で連合国側に立って戦った(ロシア革命後その去就が問題となり干渉戦争、シベリア出兵の要因となる)。
1918年にハプスブルク君主国が崩壊すると、マサリクを初めとするチェコスロヴァキア主義者の活動により、チェコ・スロバキア共和国の建国が実現した。チェコスロバキアは第二次世界大戦前に解体され、チェコはナチス・ドイツに併合され、スロバキアには傀儡政権が樹立されたが、戦後チェコスロバキアが再興した。
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1993年、東欧民主化の結果としてチェコとスロバキアの連邦解体が決定(いわゆるビロード離婚)し、チェコとスロバキアの統一は平和裡に終わりを迎えた。
1848年の失敗以降、南スラヴ人の統一思想はセルビアで育まれることになる。20世紀に入るとクロアチアやスロベニアでも南スラヴの統一を求める政党が結成された。